【ホテル業界】ホテルって、やっぱり「人」-VOL.67

はじめに

ホテルを訪れたとき、「なんだか心地いい」と感じることがあります。

建物が素晴らしいから。
客室がきれいだから。
料理がおいしいから。

もちろん、それらもホテルを選ぶ大切な要素です。
けれど、それだけでは説明できない「心地よさ」を感じることはないでしょうか。
ホテルのロビーに入った瞬間に感じる空気。
スタッフの視線や表情。
何気ない声かけ。
ちょっとした気づかい。

こうした一つひとつは、決して大きなサービスではないかもしれません。
それでも、ホテルを出たあとに「なんか、あのホテルよかったな」と記憶に残ることがあります。
今回は、あるホテルで実際に感じた二つの異なる「空気」をきっかけに、ホテルの価値をつくる「人」の存在について考えてみます。

ロビーに入った瞬間に感じた「視線」

あるエリアへの出張で、二つのホテルを訪れた方から、こんな話を聞きました。

一つは、長い歴史を持つ老舗ホテル。
何度かリブランドを経験しながらも、その地域では「ホテルといえば、ここ」と言われるほど知られた存在です。地元の人々にも長く愛されているホテルで、格式のあるホテルとしても知られています。
そのホテルにロビーから入った瞬間、ふと視線を感じたそうです。
それは、じっと見られているような居心地の悪い視線ではありません。

「お客様がいらした」

そんなことが自然に伝わってくる、心地よく、温かい視線だったそうです。
特別に声をかけられたわけでも、何か特別なサービスを受けたわけでもありません。
ただ、ホテルに入ってきたお客様を、スタッフがきちんと認識している。
そのことが、ロビーの空気として伝わってきたそうです。

同じ歴史あるホテルでも、感じる空気は違う

もう一つ訪れたのも、長い歴史を持つホテルでした。
こちらも歴史ある街に佇み、何度かリブランドを経験しています。
ところが、ロビーに入ったときの印象は、先ほどのホテルとはまったく違ったそうです。
建物には歴史があり、ホテルとしての雰囲気もある。
けれど、どこか暗い。
そして何より、
「今、入ってきたお客様に誰も関心を向けていない」
そんな空気を感じたといいます。

同じように歴史があり、リブランドも経験している。
それなのに、なぜこんなにも感じるものが違うのだろう。
この違いは、建物やブランドだけでは説明できないのではないでしょうか。

「お客様を見る」という、シンプルなこと

ホテルの仕事には、たくさんの業務があります。
チェックインやチェックアウト、客室の準備、レストランでのサービス、予約対応、施設管理など、それぞれに専門的な知識や技術が求められます。
そして、サービスにはマニュアルやオペレーションも欠かせません。
けれど、ホテルという場所において、マニュアルだけでは生み出しにくいものがあります。
それが、「お客様を見ている」という感覚なのかもしれません。

お客様が入ってきたことに気づく。
困っていそうな様子に気づく。
少し迷っているように見えたら、自然に目を向ける。

言葉を交わさなくても、「ここにいるお客様を気にかけています」ということが伝わる。
そうした小さな反応の積み重ねが、ホテルの空気をつくっていくのではないでしょうか。

もう一つの小さな違い。「アイスコーヒー」

その老舗ホテルで、もう一つ印象に残ったのがアイスコーヒーだったそうです。
グラスに入っていた氷まで、コーヒーで作られていました。
時間が経って氷が溶けても、コーヒーが水っぽくならない。
最後まで美味しいコーヒーを楽しめるように、そんな工夫がされていたそうです。

もちろん、お客様がそのコーヒーをどのくらいの時間をかけて飲むのかは分かりません。
それでも、
「せっかくホテルで過ごしていただくのだから、最後まで美味しいコーヒーでゆっくりしていただきたい」
そんな思いが感じられる工夫ではないでしょうか。

一方で、もう一つのホテルで提供されたアイスコーヒーは、粉っぽさがあり、残念な印象だったそうです。
これは、単純に「どちらのコーヒーがおいしかったか」という話だけではないのかもしれません。

「商品を提供する」ことと、「その先のお客様の時間まで考える」こと。
その違いが、小さなサービスの中に表れているように感じます。

おもてなしの「濃度」は、どこから生まれるのか

ロビーで感じた視線。
最後まで美味しく飲めるように工夫されたコーヒー。

どちらも、ものすごく大きなサービスではありません。
けれど、そこには共通しているものがあります。
それは、「お客様が今、何を感じているのか」を想像することです。
ホテル側からすれば、ロビーにお客様が入ってきた。
コーヒーを注文された。
それだけの出来事かもしれません。
でも、お客様にとっては、そのホテルで過ごす時間の一部です。

「迎えてもらえた」と感じる。
「ここにいると落ち着く」と感じる。
「最後まで美味しく楽しめた」と感じる。

そうした小さな体験が積み重なって、ホテルそのものへの印象になっていきます。
そして、それがやがて「また、このホテルに来たい」という気持ちにつながる。さらに、

「今度は大切な人を連れてきたい」
「記念日は、ここで過ごしたい」

と思ってもらえるホテルになる。
ホテルにとって、これはとても大きな価値ではないでしょうか。

建物やブランドに「命を吹き込む」のは誰なのか

ホテルは、建物だけでは成り立ちません。
どれほど素晴らしい建築でも、どれほど有名なブランドでも、そこにお客様を迎える人がいなければ、
「ホテル」としての体験は完成しません。
もちろん、時代とともにホテルの仕事も変わっています。
デジタル化やAIの活用によって、効率化できる業務は増えています。
それによって、人が本来向き合うべき仕事に、より時間を使えるようになる可能性もあります。
だからこそ、これからのホテルでは、人にしかできないことが、より大切になっていくのかもしれません。

お客様の表情を見る。
声のトーンを感じ取る。
その場の空気を読む。
「こうしたら喜んでいただけるかもしれない」と考える。

こうしたことは、決められた手順を正確にこなすだけでは生まれにくいものです。
人が人を迎える。
そのシンプルなことが、ホテルという場所の価値を支えているのではないでしょうか。

「ホテルって、やっぱり人」

ホテルの仕事は、目に見えるサービスだけが仕事ではありません。
お客様が入ってきたときに顔を上げる。
お客様の様子に気づく。
その時間を少しでも心地よく過ごしていただけるよう考える。
そして、何気ない一瞬を「また来たい」という記憶に変えていく。
こうしたことの積み重ねは、マニュアルや設備だけではつくれません。
もちろん、ホテルには建物があり、ブランドがあり、料理があり、客室があります。
それらはホテルの大切な価値です。
けれど、その価値をお客様に届けるのは、そこで働く人です。

同じ建物でも、働く人が変われば空気が変わる。
同じブランドでも、そこで働く人によって印象が変わる。
そして、ホテルで働く人の一つひとつの仕事が、お客様の記憶をつくっていく。

だからこそ、「ホテルって、やっぱり人」なのかもしれません。

まとめ

ホテルの魅力は、豪華な設備や知名度の高いブランドだけで決まるものではありません。
ロビーに入ったときに感じる温かな視線。
最後まで美味しく楽しめるように考えられた一杯のコーヒー。
そんな小さな心配りが積み重なり、
「また行きたい」
「なんだか落ち着く」
という気持ちを生み出していきます。

そして、その記憶が、
「大切な人を連れて行きたい」
「記念日に利用したい」
という思いにつながっていく。

ホテルの価値とは、そうした人の記憶に残る体験の積み重ねなのかもしれません。
効率化が進み、AIやデジタル技術がホテルの仕事にも取り入れられていくこれからの時代だからこそ、改めて考えてみたい。

「ホテルという場所に、人がいる意味とは何なのか」

ホテルをつくるのは、建物だけではありません。
ブランドだけでもありません。
そこにいる人、一人ひとりの仕事と、お客様に向けるまなざしが、ホテルの空気をつくっていく。

ホテルって、やっぱり「人」。

その価値は、これからも変わらないのではないでしょうか。

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